ヘアショーで見るもの見えるもの
突然ですが、皆さんはヘアショーに「何を」見にいきますか?
ふと、今日のカキモトアームズさんのショーで、思ったんだよなー。
あ、そっか。ヘアショーって、ヘアデザイン(だけ)を見るものじゃないんだなあって。
じゃあ、ヘアショーに何を見に行くのかっていうと。
多分、
ヘアデザインを作るという行為を通してメッセージされる、「サロンの姿勢」みたいなものや「その美容師さんのデザインに対する取っ組み合い方」みたいなもの。それに私たちは共感したり、感動したり、熱くなったりしたくて、きっと、足を運ぶんじゃないかなって。
再び話は飛ぶけれど、昔、某巨匠が「ヘアショーって、切り終わった後のデザインに対してだけじゃなくて、床に落ちた髪の量に対して拍手をするようなところ、あるよね」っておっしゃっていたことも、思い出した。
それは、もちろん、切った量が多ければいいってことじゃない。
これだけの量の毛を落とすまでに、どれくらいの訓練をしたのだろうか。どれくらいの試行錯誤があったのだろうか。モデルさんの説得、大変だっただろうな。いっぱい考えたんだろうな。めっちゃ練習したんだろうな。そして、その結果が、この床に落ちている毛なんだなってことに、ぐっとくるってことなんだと思う。
というわけで、今回のカキモトさんのショー、私は、第1部と第5部がぐっときた。
第1部の人たちの、ピンと緊張している感じ。切り終わってモデルさんに、にこっと笑いかけるんだけど、その後、一礼をしてバックヤードに戻るときには、なんだか泣くのをこらえているみたいに歯をぐっとくいしばって歩いている姿。おそらく、わりあい若いスタッフさんが多かったんだろうか。このステージへの想い、みたいなのを感じた。
それから、やっぱり、最後の小林さんのステージ。ほんと、真ん前で見れて良かった。
「髪を切る」ことと「髪を切ることを見せる」ことは、全然別のことなんだってことを、小林さんのステージから感じた。さすが別格だと思った。
別格といえば、やっぱり高橋さんも。あのデザイン、かっこ良かったなあ。
あの二人の格好良さって、「背負ってる」っていう、格好良さなんだろうなあって思いながら見てました。
髪を切る。それも、これだけの人数で。
髪を切る。それも、切ることを継続する。
このヘアショーを続け、エネルギーを持ち続けるということは、きっと端から見て感じるより、ずっと難しく、大変なことなんだろう。その困難に挑み続けている、皆さんに。心からの拍手を送らせていただき、会場を後にしました。