2014.06.26 Thu

母について書きます

父と母は、教育大学のテニス部で出会いました。2人とも、卒業後は学校の先生になる予定でした。けれども父は、大学4年生のとき、病を得て手術をし、卒業式にも出席できず、卒業後も就職の希望を出しながら自宅待機をすることになりました。

 

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半年後、知床半島の羅臼町の小学校で採用がきまり、父は、当時住んでいた家から車で6時間かかる町に赴任しました。地元の高校の教師になった母とは遠距離恋愛になりました。

 

赴任後、しばらくは授業をしていた父ですが、再度肺に大きな影が見つかり、大きな手術をすることになりました。手術は成功したものの、今度再発したら、そのときは覚悟をしてくださいと先生に言われ、リハビリを重ねて羅臼町に戻ったときは、入院から約半年がたっていました。

 

母は、手術を終えて羅臼町に戻った父を支えるべく、教師を辞め、知り合いが一人もいない町に嫁ぎました。その後、母は私を身ごもりました。私は、羅臼町で生まれ、3歳まで羅臼で育ちました。

 

 

当時のことを私は覚えていません。でも、その頃を知る人たちの話によると、「5年再発しなければ……」と言われた父は、その全ての時間を、情熱を、学校の子どもたちに捧げていたようです。当時の父の口癖は「死んだらいつでも寝れるから」だったらしく、寝る間を惜しんで働いていました。

 

学校の授業中はもちろん生徒さんたちのために、放課後はテニス部の選手たちのために。朝から晩まで命の全てを、クラスの子どもたち、部活の選手たちのために使っていました。

 

私が生まれるときも、父は、テニスの試合で道外に遠征にいっていました。母は、父がお願いをした、良く知らないおばさんに手を握られて出産したそうです。

 

遠征につぐ遠征、生徒たちのために買うラケットや備品、いい先生がいると聞くと全国どこまでも飛んで話を聞きに行ってしまう父……。父はお金にとんちゃくするタイプじゃなかったので、当時は、母が嫁入りのときにおばあちゃんが持たせてくれたお金を切り崩して生活をしていたみたいでした。そのことを話してくれたのは、私が30歳を超えてからです。

 

「何のために仕事も辞めて、嫁いできたんだろう……」。あるとき思い詰めた母は、私の手をひいて、家出をしました。いや、「家出をする」という意識もなかったのかもしれません。

 

もうろうとした表情で私を抱え、国道を歩いている母。その姿を不審に思った町の人に、母と私は保護されました。

 

そのとき、母は、ふと思い出したそうです。

 

「私は、あの人が手術をしたときに、『神様、お願いだから、命だけは助けて下さい』と、あんなに祈ったじゃないか。それを聞き届けて下さって、命を助けてもらって、さらには元気で飛び回っていることを、不満に思うなんて、おかしいじゃないか」と。

 

とはいえ、知り合いのほとんどいない町で、家庭を顧みずにクラスの子どもたち、部活の子どもたちに傾倒している父を家で待っているだけの人生は辛いし、淋しい。

 

そこで、母は、父のクラスの子どもたち、部活の子どもたちと、自分も関わることを決めました。

 

毎日テニスコートに通い、そこでボール拾いをし、遠征には全てついていき、一緒に試合を応援し、一緒に喜び、一緒に悔しい思いをするようになりました。

休みの日には家にクラスの子どもたちが遊びにこれるようにし、一緒にご飯を作り、一緒に山登りをし、一緒に歌を歌うようになりました。

 

 

この春、父は1冊の書籍を出版させていただきました。父に内緒で準備をした出版記念パーティには、180人もの教え子さんや、その父兄の方々、ご一緒した先生方が、集まってくださいました。

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このシークレットパーティの準備を進めていくうちに何よりもびっくりしたのは、母が、父が関わったクラスの教え子、テニス部の教え子、同僚の先生方の名前を、全て、覚えていたことです。

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先生

父は、公開授業をすれば、教室に先生方が入りきらないほど北海道じゅうから先生がおしよせる人でした。クラス全員が発表をする授業は、今でも、多くの先生方に語り継がれています。

 

そして、テニスの指導者としては、小中高と、16回の自チームや北海道選抜の全国優勝に関わり、ベースボールマガジン社で7年間もの連載を執筆していた人でもあります。

 

 

でも、その全てを文字通り、支えてきたのは母です。父は、あらゆる重要な決断は、母と相談して決めていました。彼女がいたからこそ、父はずっと走り続けることができた。

 

母は、とても優秀な人でした。私たちの子育てが終わり、教職現場に復帰した後は、毎年、余るほどのオファーをもらって、勤務先を選んでいるほど、引っ張りだこの教員でした。でも、彼女は全く前に出ることをしなかったし、出しゃばることもなかった。

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以前、私は、「ねえ、お母さんのほうが、お父さんよりよっぽど頭がいいし、仕事もできるのに、どうしてお父さんのサポートにばかりまわるの?」と母に聞いたことがあります。

 

母はこう言いました。

 

 

「お父さんには、人の心に火をつけたり、人の心をつき動かす力があると思うのね。それは、本当に素晴らしい力で、誰にでもある力じゃない。だから、私は、お父さんを応援したいと思っている」

 

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そうか、こんなにクレバーな人が「自分が裏方にまわって支えたい」って言うくらい、父はすごい人なのか……と、子ども心ながらに思ったことを覚えています。

 

 

 

今回、書籍を読んでくださった方々が口をそろえて「あの場面で泣きました」と言ってくださったシーンが3カ所あります。皆さん、同じ場所でした。

 

 

 

でも、私は、その3カ所以外にも、ぐっときたところがあって、それは、クラスの中でなかなか授業に意欲を持ってくれない2人の生徒さんのために、母と相談して深夜教室で大きな大きなさいころをつくるシーンです。

 

 

父と母は、あるときはそうやって一緒に授業のためのサイコロをつくり、あるときは授業のために一緒に静岡県から北海道までヤマトのトラックを追いかけ、あるときは生徒さんが出演する舞台を一緒に見に行き、あるときは親御さんからの相談を一緒にきいて、40年間、過ごしてきました。

 

父と母は、毎晩毎晩、お夕飯を食べながら、次の日の授業で使う仕掛けづくりについて、教室に貼る掲示物のアイデアについて、今日少し変わった生徒の態度について、話をしていました。毎晩、です。

 

 

 

私は、顔は母似だけれど、性格は父に似ていると言われます。情熱だけで突っ走るし、達成したいことに対してはしつこい。母のように、落ち着いて、後ろから誰かを支えるというような芸当が、できそうにもありません。

 

だけど、ひとつだけ、私は母を見習っていることがあって、

 

私も、夫の仕事場には、できるだけついて行くようにしています。

 

例えば、彼がアシスタント時代にミラノサローネの展示会の担当になったときは、ミラノまでとんだし、上越で担当したマンションが完成したときは見学にいったし、彼のボスの本やインタビューはできる限り読んだし、オープンハウスにもお邪魔しました。

 

 

知ることとは、愛することだと、言った人がいました。

 

その人のことを、知ることができ、理解することができたら、自然と、愛することができるし、応援できるものだということを、私は、母から学びました。

 

 

いつか書こうと思っていたんだけど、やっと、今日、書くことができました。
  
父の教育についての本は、父の本でもあり、同時に、母の本でもあるなあって、思っています。
勉強したがる子が育つ「安藤学級」の教え方

勉強したがる子が育つ「安藤学級」の教え方

 

【関連記事】

「教育」をテーマにした、父の本が出ます

 

 


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2014.06.11 Wed

アシスタントさんとモチベーションの関係性

先日、セミナーで、モチベーションをしっかりもってアシスタント時代を過ごしたときと、過ごせなかったときの話をしました。

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で、思い出したのが、このTweet。建築を生業にしている夫の、アシスタント時代のtweetです。

 

 

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プロジェクトがうまくいけば、どんなにちょっとしかかかわっていない人でも自分のやったプロジェクトのように思う。うまくいかなければ、ちょっとしかかかわっていない人は自分とは関係のないフリをする。だから今僕がやってるプロジェクトは頑張る

 

 

そう言われてみると、モチベーションが高いアシスタントさんは 面白いプロジェクト(それは撮影でもサロンワークでもヘアショーでも)に関わっている先輩の仕事をアシストしながら、その仕事を「自分ごと」に思っている人が多いなって思う。

 

で、 サロン全体のアシスタントさんのモチベーションが高いサロンは そのサロンで働くこと自体が面白いプロジェクトになっているサロンさんだなあ、と思う。

逆にいうと、先輩の仕事は、アシスタントさんがモチベーション高く働けるようにすることなんだろうなって感じます。

 

まさに、アシスタントさんは、サロンの鏡。

 

モチベーションの高いアシスタントさんは、 たとえ、それがスタイリストの仕事だったとしても 「今、俺がやっている仕事さぁ……」とか 「俺のお客さんがね……」「俺のサロンはね・・・」「俺がつかまえたモデルがね……」という話し方をしていると思う。 彼女とか、奥さんとかに。

 

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そして、それは別に偉そーなことでは全然なくって、すごく素晴らしいことだと思うのです。 スタイリストのお客さんを「俺の客」、サロンを「俺のサロン」と思って働いているアシスタントさんが多いサロンは、きらきらしているなあと思うもん。

 

それから、もうひとつ。彼のアシスタント時代のTweetで、やはり、そうだよなあと思ったものを ここにも転載。

 

kei_fire 9月11日

じぶんの仕事だと思っていなければ、いつでも簡単にやめることができる。むしろやりたくない仕事をやらなくてすむのだから隙あらばやめたい。ポイントは、そういうひとたちはすべからく輝いてないということだよ

 

 

そうそう、そうなんだよねー。

 

 

ま、どーせ、1回きりなわけだからさ、人生。 できるのなら、輝いていこーぜ。ってな感じが、いいんじゃないかって思うんだよねー。やっぱ。 もちろん、人に強要はしないけど。

私は、できれば、輝いていたいです。

 

 

ちなみに夫は昭和57年生まれだそうです。

 

【関連記事】

アシスタント時代にやっておけばよかったこと

「自分の時間」はありますか

 

野嶋さんの書籍は、アシスタントさんの育て方が満載。

 

 

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「うちの新人」を最速で「一人前」にする技術 美容業界の人材育成に学ぶ (講談社+α新書 658-1C)

 

 

 


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2014.06.06 Fri

「今夜、お子さんどうされているんですか?」の言葉にほんのりと感じるアレ

深夜までの会食に参加すると、100発50中くらい、泊まりの出張に行くと、100発80中くらい聞かれることがあります。

「今夜、お子さんはどうされているんですか?」って。

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子どもがまだ小さいことを気遣って下さる皆さんには、本当に感謝しています。そういうことを気遣って下さるだけで、本当に仕事がしやすくて、ありがたく感じています。

 

 

でも、あるとき気付いた。

 

 

「今夜、お子さんはどうされているんですか?」って聞いて下さる方は、主に女性か、もしくは、ご自身にもお子さんがいらっしゃる男性だということを。

 

 

なので、最近、「今夜、お子さんはどうされているんですか?」って男性に聞かれたとき、私も聞いてみるようにしました。

 

「ところで、●●さんのお子さんは、今夜、どうされているんですか?」って。

 

リアクションは3つにわかれます

 

1)「あ……。そっか、ごめんなさい」って言うタイプの方。

2)「僕、結婚してますから……、あ、そっか、ごめんなさい」って言うタイプの方。

3)「???(なんでそういうこと聞くんだろうという顔) 僕、結婚してますから」って言うタイプの方。

 

 

そう。皆さん、「夜、子どもを見るのは、女性のほうだ。それが当然だ」と思ってるんですよね。だから、私が「●●さんのお子さんは、今夜、どうされているんですか?」というと、どうして男の自分にそういうこと聞くんだろうという顔をされます。(そして、勘が働いた方は「あ、ごめんなさい」っておっしゃいます)

 

この割合は、奥さんが専業主婦の方でも、働いていらっしゃる方でもあまり変わりません。

 

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で、何を隠そう、私自身もそうなんですよね。

ワーキングママさんと夜会う時は、必ず、「今日、お子さん、大丈夫ですか?」って聞いちゃう。逆に、ワーキングパパさんに会うときに「今日、お子さん、大丈夫ですか?」って聞いたことは、これまでなかった。

 

 

というか、そもそも、ワーキングパパって名称自体がないですよね。「働くママ」という言葉はあっても「働くパパ」っていう言葉はない。歴史的にやはり「働くママ」が少数側だったからでしょうね。

 

 

私が泊まりの出張にいったら、8割の確率で「お子さん、どうされているんですか?」と聞かれるけれど、男性が泊まりがけの出張にいったときに、そう聞かれることはほとんどないんじゃないかなって思います。
同じように「子どもが生まれたら、どんなペースで働きますか?」とか、「子どもが生まれて、働き方はどう変わりましたか?」と私は何度も何度も聞かれたけれど、おそらく、男性は、そのような質問を(少なくても頻繁には)受けていないと思う。

 

 

子どもを気遣って下さる、その言葉自体に不満は全くありません。最初に書いたように、お気遣いいただき、とても嬉しいと思っている。

 

でも、その言葉が、ワーキングマザーにのみ質問する言葉だとしたら……

 

このことひとつとっても、やはり、子どもは基本的に女性が面倒を見るべきって、みんなが(私ですら)思っているんだなあってことがわかります。
最近、「女性美容師さんが子どもを生んでも安心して戻れる美容院を作りたい」「そのためにも、生む前にしっかりした売上をつけさせたい」とおっしゃる経営者の方とお話をするときは、よく、この話をします。

 

オーナー、それ、男性の美容師さんに対しても、同じことをおっしゃいますか? って。

 

 

もちろん、生むことは女性にしかできないし、産後の休養は必要だと思います。

 

でもその先、

 

頭のどこかで「仕事を調整するのは常に女性のほう」って、思っていませんか? 「夜、子どもの面倒を見るのは女性のほう」って思っていませんか?

 

 

「そうか、思った以上に、先入観があるなあ」って。そう感じることだけでも、女性が働きやすい世の中に、一歩前に進めるかもしれない。

 

そんなことを思って書きました。

【関連記事】

ベビーシッターに子どもを預けるということ

「教育」をテーマにした、父の本が出ます

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2014.05.31 Sat

「自分の時間」はありますか?

昔、Xel-Ha by afloatの史ちゃん(金子さん)に取材をさせてもらっているとき
 
「辞めていくアシスタントって、 たいてい『自分の時間がない』っていうんですよね」 と言った後に、「でも、ほんとは全部、自分の時間なんですけどねー」 って言っていて
 
あ、そうか! ってすごく腑に落ちたことがあります。

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実は私も「そんなに仕事もしていて(近年では子どももいて)、ご自分の時間はあるんですか?」と、よく聞かれます。だいたい、1年に20回〜30回くらい聞かれます。
 
その質問、前からすっごく違和感あったんですよね。

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「ん? だって、24時間全部自分の時間なのでは?」って思うからです。子どもと遊んでいる時間も、お夕飯作っている時間も、仕事している時間も、寝ている時間も、全部全部、自分の時間だと思っているから。
 
「やらされている」と思った瞬間、 それは他人に管理される時間になる。 無駄だと思った瞬間、 その時間は無駄な時間になる。
 
でも、そうじゃない限り、 自分で選び取って過ごす時間は どんな時間も「自分の時間」。 それが仕事している時間だとしても。 そんな時間の積み重ねが、 血となり肉となり 今の自分になっていて、 そんな時間の積み重ねが、 血となり肉となって これからの自分になっていく。

 

 

で、史ちゃんと話をしていて、あ、そうかと気付いたのは、私に「自分の時間がないのでは?」と質問する人たちって、仕事や育児は「自分の時間」だと思ってないないんだなあってこと。だから、そういう質問するんだなあってこと。
 
「自分の時間を持てないから仕事を辞める(変える)」という人たちを、私は否定する気は全くありません。意外かもだけれど、私も仕事以上にプライベートを大事にしています。
 
ただ、これからの長い人生、その中でも特に長い時間を過ごす仕事に関しては、できることなら、「自分の時間」と思えたほうが、人生が楽しくなるんじゃないかなーと思う。
 
だから、「自分の時間を持てないから仕事を辞める(変える)」と思った人たちも、次は、自分の意志で自分が過ごす時間を決定して、自分の過ごす時間を全部「自分の時間」と思えるような仕事に出会えるといいなあ、と勝手ながら願っています。

 
 

私たちは、時間を食べて生きている。 過ごした時間を栄養として育っていく。
 
 

24時間を自分の時間にできたほうが、多分、自由なんじゃないかって思う。そして自分の意志で選び取ったものに対しては 120パーセントの誠意とパワーで接したい。

 

ってことを、2007年のブログで書いていたんだけれど、それを思い出したのは、これを読んだので。

とても常識的で、とてもまっとうで、とてもハートフルな一冊でした。

 

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堀江さんも、「自分の時間」の定義について書いてらっしゃいます。
 
 
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撮影の準備にかけたその時間や濃度は写真にうつる、と思う


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2014.05.11 Sun

2流の●●は数学ができる。1流の●●は国語ができる

狐の木のマスターからの、マッキンゼーからの、一人シリコンバレーPJからの、RCF代表。現在は東北の震災復興の要となるポジションで働く

伝説の男。烈(藤沢烈さん)と久しぶりに情報交換。

 

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私たちのやっている仕事は、「翻訳家」。それも、日本語から日本語への翻訳家、だよね。という話になって。
 
そこで出てきたのが、冒頭の言葉。
 

2流の●●は数学ができる (数字に強い。エクセル処理がパーフェクト)
 
1流の●●は国語ができる (人を言葉で説得することができる。言葉で感動を生むことができる)
という話。

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烈は、この●●を、マッキンゼー時代の経験として「コンサルティング」という言葉で説明してくれたのだけれど。
この●●が、「経営者」であっても、「美容師さん」であっても「教育者」であっても当てはまる部分だなあと思って聞いていました。
20年以上の付き合いになる烈との話は、いつも本当に示唆にとんでいる。

友美は、どこにいくの? と、何回か聞かれたんだけど、私、どこにいくのかなあ……。
  
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