2014.09.15 Mon

明日すぐ役立つことは、明後日すぐ役に立たなくなる?

毎月第2土曜日にやっている表参道の美容師さんのための勉強会、HAZAMA会には、

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過去

 

建築家の方や、装丁家の方や、心理学の先生や、ブランドプレスの方や、IT業界の方や、コンディショニングトレーナーの方などなどなど、いろんな方がきてくださいました。

 

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で、講師をしてくださる方にいつもお願いすることが

 

 

「明日すぐに役立つ話をしないでください」「皆さんのお仕事の本質的なことをお話してください」ということです。

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表参道のトップを走っている美容師さんたちって、セレンディピティが強くて、どんな異業種の話でも、それを自分の仕事に引き寄せて、翻訳し直して、自分の力にするすべを持っています。

 

 

異業種の方の話のどこに、何のひらめきを感じるかは、かなり、人それぞれです。アンケートを拝見してると、おお、そこにひっかかりましたか、というポイント、人それぞれです。

 

 

だから、重要なのは、「自分が」気づくとか、「自分が」ひらめくってことだなあと思うんです。

 

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明日、すぐに誰もに役立つ話って、まあ、だいたい、明後日(というのは大げさだけど、来年には)役立たなくなっていることが多い。私は、そう思います。少なくても、表参道でトップを走っている美容師さんたちが、それをやったところで、生き残れるとは思えない。みんな、自分の頭で工夫して、考えて、自分なりの解釈を信じて突っ走って来たからこそ、今のポジションがあると思うから。

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ちょっと話は変わるけど、最近、仕事関係で大量のビジネス書を読んでいます。

 

なんとかの50のヒントとか、なんとかの12の法則とか、なんとか思考とか、なんとかの考え方とか、いろいろありますが、結局思ったのは、

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これからは、できるだけ、古典を読もうということ。

 

 

時代の流れを生き抜いた古典には、明日すぐ役に立つことではない普遍性があるなあと思ったからです。そういうところから、発想して、自分の頭でひらめいたことが、(既に誰かがビジネス書で言っていることだったとしても)、大事なんじゃないかなって、そう思ってる。

 

【関連記事】

「明日すぐ使える」話は「来年使えなくなる」話?

今日笑ってない人は、10年後も笑っていない

 


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2014.09.11 Thu

お世辞を言う人について思うこと

お世辞を言うことは世の中を円滑にまわすための潤滑油だみたいなことを言う人は

 

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その油によって、次回も相手が滑って転ぶことをどーでもいいって思う人なんだろうなと思うので、

 

 

基本、お世辞を言う人は、その人に興味が無い人なんだなあと思う。ときどきは、自分にしか興味のない不親切な人だなあ、とさえ、思う。

 

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できることなら、適切な批評をしてほしいし、アドバイスをしてもらえると嬉しいし、改善点が見つかると、それを指摘くださった人には、心から感謝するのが、ほとんどの人なんじゃないかなって、私は思っています。

 

 

なので、私はお世辞を言わないし、言われるのも嫌いなんだけど

 

 

そういう性格は、日本では、あまりモテない。

 

 

【関連記事】

思ってもいないお世辞を言わないこと と 同意できないことには相づちをうたないこと(追記しました) 

好きと嫌いはほとんど同じ

 

 


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2014.08.20 Wed

今日笑ってない人は、10年後も笑っていない

40歳を過ぎると、肌がたれてくるので、口角が下がってくる。

 

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だから、アナウンサーさんとか、女優さんとかをのぞくと、ほとんどの人が、口角が下がっているんだけれど、

数少ない、40代なのに「常に口角が上がっている人」が、数多くの有名ヘアサロンを手がけていらっしゃる、インテリアデザイナーの小澤さんです。

 

 

そんな小澤さんが、先日、美容師さんたちの勉強会、「HAZAMA会」で言ってらしたことが印象的で、

 

「今日、笑っていない人は、10年後も笑っていないと思う」という言葉でした。

 

私自身の人生観もかなり、小澤さんの言葉に近くて、

 

10年後のために、今は歯を食いしばって耐えろというのは、一見真実のように見るけれど

 

でも、笑っていない今日、笑っていない明日、笑っていない明後日を繰り返した先に、10年後に笑える日がくるとは、やっぱり思えない。

 

ただ、それは、楽して良い思いをしようというのとはちょっと違って、夢をかなえるまでのプロセスも楽しくないと、その人生、結局楽しくないんじゃない? って思うから。

 

だから、毎日、忙しくても楽しいと言える日を重ねることは、すごく大事。

 

そんな小澤さんのメッセージは、とても響きました。

 

 

今日笑ってない人は、10年後も笑っていない

10年後笑いたいなら、今日も笑っていなきゃいけない。

 

 

今日も、今日とて。そんな毎日の、積み重ね。

 

 

 

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見にくいけれど、一番右の垂れ目で良く笑っている方が小澤さんです。

 

死のシミュレーション

「毎日を人生最後の日であるように生きてみたとしよう。(やがていつかは必ずその通りになるのだから)」


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2014.07.24 Thu

鈴木三枝子さんの七回忌

私は、気づいたことを本音で話す人を親切だと思うし、お世辞を言う人は不親切だと思う。

 

自分が好かれることを脇によけて、何かを助言することを選んでくれた人は、とても親切な人だと思うし、私もそうありたいと思っている。

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今まで私が出会った人のなかで、一番親切だと思った人は、鈴木三枝子さんです。

 

 

 

 

私が作ったページに、はっきりと、強烈に、私の目をまっすぐ見ながら批判をしてくださったのは、後にも、先にも、鈴木三枝子さんだけだった。

 

新しい誌面ができると、泉岳寺に眠る鈴木さんに見てもらいにいきます。

 
今度のページ、どうですか? と問いかけても声は聴こえないのだけれど、鈴木さんに見てもらうことは、私にとって大事な儀式です。多分、天国で、いろんなことをおっしゃって下さっていると思う。
 

誰にバレなくても、手を抜いた仕事は自分にバレる。そして、鈴木さんにもバレる。

 

誰に伝わらなくても、こだわり抜いた仕事は自分がわかっている。そして、鈴木さんにもわかってもらえている。多分。

 
昨日、MINXの鈴木三枝子さんの7回忌の法要で、鈴木さんの映像を見る機会があり、久しぶりに鈴木さんの声を聞かせていただいた。

 

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こういうとき、鈴木さんだったら、なんて言うだろうと思いながら生きていることは、私の人生にひとつの芯を与えてくれていると思う。

 

 

困ったときには、深呼吸をしてから、聴いてみる。「鈴木さん。鈴木さんだったら、どうしますか?」

 

もう、声は聴こえないので、正解はわからない。

 

 

今日も。

 

鈴木さんだったら、何をおっしゃるだろうと考えながら話をしていた。

 

 

 

もう、声は聴こえないので、鈴木さんのコメントは聞けない。

 

 

だけど、鈴木さんだったら、何をおっしゃるだろうと、今日も思いながら生きていることが、多分、今の自分をつくってくれた。

 

 

生きている証とか、生きてきた証、とかいうことって、そういうことじゃないか?

 

 

残された人たちの心にどれだけ爪跡を残しているか。

 

 

鈴木さんが、私に、そうしてくれたように。

私も、そういう生き方をしたい。

 

 

【関連記事】

鈴木三枝子さんのマンガヒストリー

死のシミュレーション

無題


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2014.07.15 Tue

命の香り

セミナーで遠出をしたとき。

 

帰りのフライトまで時間があるときは、なるべく一人でふらっとする。

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ふーっと空気が肺の奥底まではいってきて、なんか、久しぶりに深呼吸をしたような気持ちになる。

 

次のアポのことや、息子氏のおむつのことや、原稿の〆切のことなどを、いつも頭の片隅においているときには開かない扉が、一個あいて、そこに空気が流れ込むような感じがする。

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前にきたときには食べられなかった海人カレー。毎日食べたくなるほど、美味しい。

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ぶくぶく珈琲。一度目のときとは違う味がしたような気がした。

 

こんなふうに、セミナーを終えて、ほっとして、ふわっと時間を過ごしているとき。

 

なぜかいつもすごくすごく好きだった人。そして、もう会えない人のことを思い出す。いつも、いつも。

 

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例えば、やはり、タクシーを飛ばして行った天保山のサントリーミュージアムでは、鈴木三枝子さんのことを思い出していたし、JBCAの帰り道にふと思たって立ち寄った京都では植村さんのことを思い出していた

 

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今日もやっぱり、もう会うことができない人の顔がふっと浮かんで、暑いんだけど、なんかすっと寒いような寂しいような気持ちで街を歩いていた。

 

 

 

知らない街を歩いているときに、どうして、亡くなってしまった人のことを思い出すんだろうと考えてみたんだけれど

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それはひょっとしたら、「ああ、私、この景色を見るのは最初で最後かもしれないな」、って思うからかもしれない。

 

その一期一会感。

 

見慣れた東京の街は、明日もきっと、多分明後日も通る道なんだけれど

 

知らない街の、なにか素敵な景色をみたときには「でも、きっとここに来ることは多分、もうないんだろうな」って思って、きゅっと切ない気持ちになる。だからたぶん、同じようにもう会えない人たちのことを思い出すんだろう。

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でも、よくよく考えると、見慣れている東京の道だって、明日も明後日も同じように通れるとは限らなくて。本当はどんなときでも一期一会なんだって気づく。

 

 

「明日も明後日も、明日がくる」って、漫然と思っている自分に、なにかひとつ、くさびを打ってくれる。それが、旅先での時間なのかもしれないって、そう思った。

 

 

ただいま、東京。明日も頑張ろう。

 

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