2006.08.21 Mon

もう1回戦える

高校野球のお兄さんたちが、お兄さんじゃなくなったことに気づいたのはいつ頃だったでしょうか。 気づくと、横綱ですら、お兄さんじゃなくなっていますね。 歳をとることって偉大。
さて、37年ぶりの再試合、夏の甲子園決勝戦が終わりました。

 

昨日、延長15回まで戦いきった選手が、 「明日また、もう一度試合ができるのがうれしい」と答えていたのが印象的でした。 そう。疲れたとか、そういうことじゃないんだよね。 最後の最後だと思っていた野球生活。 もう一試合できるということが、彼らにとっては、なによりも嬉しいんでしょうね。

 

思えば、私も、学生時代、 ソフトテニスの全国大会、個人戦決勝戦の前にひしひしと感じました。 「もう、この試合で私の3年間の部活動は終わっちゃうんだ。 終わってほしくないな。もっとやりたかったな」って。 自分が練習してきたことを、もっともっと試したくって、 だから、1試合でも多く勝ち残って、可能な限りたくさん試合がしたかった。 地区予選、支庁予選、北海道予選、全国大会とずっと勝ち続けてきたのに、 とうとうこの決勝戦で、もう全部が終わっちゃうんだ、という、どうしようもない寂しさ。   優勝祝賀会で私は。

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勝ったことの嬉しさと、終わってしまったことの寂しさを両方感じていて。 まだまだやりたいのに、もうステージがないことが、とってももどかしかった。 きっとあのときに、私は、スポーツを一生の仕事にすることを辞めたんだと思う。 技術的にだけではなく、年齢的にも、 いずれステージがなくなる、という怖さや不安から、 私は、逃げたんだと思う。

 

先日サカキ(reveレーヴの榊原さん)に 「ゆみさんは、どうしてそんなに、頑張りたがるんですか?」 って、聞かれました。

 

いい加減、酔っていたので、そのときはうまく答えられなかったんだけど、 そうそう。思い出したんだよね。
私、もっともっと戦っていたかったんだと思う。 それが今は、やっと、かなって。 試合終了のコールのない場所で戦えることがすっごく嬉しいんだと思う。
階段を1歩あがれば、今まで気づかなかった壁が、突然立ちはだかって。 そんな「ズットオワラナイ」毎日が、幸せ。 もう一回戦える。ずっと戦える。

 

これって、めっちゃ幸せ。

 

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