2014.07.24 Thu

鈴木三枝子さんの七回忌

私は、気づいたことを本音で話す人を親切だと思うし、お世辞を言う人は不親切だと思う。

 

自分が好かれることを脇によけて、何かを助言することを選んでくれた人は、とても親切な人だと思うし、私もそうありたいと思っている。

  
今まで私が出会った人のなかで、一番親切だと思った人は、鈴木三枝子さんです。

 

 

 

 

私が作ったページに、はっきりと、強烈に、私の目をまっすぐ見ながら批判をしてくださったのは、後にも、先にも、鈴木三枝子さんだけだった。

 

新しい誌面ができると、泉岳寺に眠る鈴木さんに見てもらいにいきます。

 
今度のページ、どうですか? と問いかけても声は聴こえないのだけれど、鈴木さんに見てもらうことは、私にとって大事な儀式です。多分、天国で、いろんなことをおっしゃって下さっていると思う。
 

誰にバレなくても、手を抜いた仕事は自分にバレる。そして、鈴木さんにもバレる。

 

誰に伝わらなくても、こだわり抜いた仕事は自分がわかっている。そして、鈴木さんにもわかってもらえている。多分。

 
昨日、MINXの鈴木三枝子さんの7回忌の法要で、鈴木さんの映像を見る機会があり、久しぶりに鈴木さんの声を聞かせていただいた。

 

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こういうとき、鈴木さんだったら、なんて言うだろうと思いながら生きていることは、私の人生にひとつの芯を与えてくれていると思う。

 

 

困ったときには、深呼吸をしてから、聴いてみる。「鈴木さん。鈴木さんだったら、どうしますか?」

 

もう、声は聴こえないので、正解はわからない。

 

 

今日も。

 

鈴木さんだったら、何をおっしゃるだろうと考えながら話をしていた。

 

 

 

もう、声は聴こえないので、鈴木さんのコメントは聞けない。

 

 

だけど、鈴木さんだったら、何をおっしゃるだろうと、今日も思いながら生きていることが、多分、今の自分をつくってくれた。

 

 

生きている証とか、生きてきた証、とかいうことって、そういうことじゃないか?

 

 

残された人たちの心にどれだけ爪跡を残しているか。

 

 

鈴木さんが、私に、そうしてくれたように。

私も、そういう生き方をしたい。

 

 

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カテゴリ:Thinking